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「ジェラシー」
相変わらず曲に困ってたわけで、「ジェラシー」ってシングルもね、「今、自分の心の中に一番あるものは、何だろう?」って思って、「あ、それは妻に対しての嫉妬」なんつって、それからですね。何か当時、ぼくはすごくカミさんに嫉妬してて、その嫉妬の心というのをずーっと書いていって、マイナー調のギターを“チャリ〜ン チャリ〜ン”て弾きながら、最初はその書いたものの朗読だったんですよ。“窓辺にたたずんでる君を見てると 長い年月に触れたような”って、なんかそういう冗談みたいなつもりでやってて.....。それを金子章平に聴かせてね「どうかね? こういう冗談は?」って言ったら、「いやー、やっぱりメロディがないとマズいだろう」っていうことになって、それでメロディをつけた曲ですよねぇ。
「海はどうだ」
友部正人と一度曲を作ってみようってことになって、僕はメロディだけ作ってたのいっぱいあったから、それをカセット・テープで渡してね。あと、「この“♪ララララ〜”ってメロディだったら、詞は五文字なんだ。次の行は七文字で、ひとつ子音が入って、二文字で」って、そういう数字のメモを渡して、それで彼が詞を作ったんだよね。でも、“海はどうだ”ってすごいよねぇ。まあ、そもそも友部の詞っていうのは、一般の評価もすごくてね。まあ一般的ていうか、一部の人の間でもって「すごい詩人が現れた!」って言われてたからね。未だにそれはそうなんだけど。で、これはありきたりな話なんだけど、僕も驚いたのは、「中央線よ、あの娘の胸に突きさされ」ってフレーズでね。やっぱり腰抜けたよね。そういうフレーズ聴くとね。
「風のエレジー」
つかこうへいさんが『サロメ』をやるっていうんで、阿木燿子さんが詞を書いて、僕が曲を書くというような話になったんですね。これは後になって森進一さんも歌うことになったんだけど。それで最初に阿木さんから詞を貰った時、“ヒュ〜ルルゥ ヒュルルルヒュ〜ルル ヒュー ヒュルルヒュルヒュル”って詞の中に書いてあって、「これ、どうやってメロディにしようかなぁ?」なんて、そう思ったの覚えてるんですけどね。
「My House」
これはシュールな感じが相当、僕なりに磨きがかかってきた頃だと思うんだけどね。デタラメも、このくらいになると、なんとかなってるのかなぁ、なんて。これは曲もちょっとこう、ハードでね、シャウトぎみなんで、こういう詞でもいいのかなぁって、デモ・テープの段階の詞をそのままレコーディングしちゃったっていう。二番にね、“♪山羊の耳に盛り上げ製菓”ってあるんだけど、これは最初「森永製菓」だったんだけど、これは詞に使えないってことでこうしたんですけど。まあ、“クレパス・クレヨン話”だよね。あと、詞の中に、“ロックビジネス”とか“フォークセールス”って出てくるのは、自分でものすごくそういうところを意識してたなって思うよね。ミュージシャンていうのは、俗に音楽バカで、切符の買い方も分からない、印税の計算も分からないとか。もちろん、そういうアーティストがまたすごいっていうことも分かるし.....。でも同時になんて言うんだろうなぁ、つまり猿回しっていうか、親方がいて言うことを一生懸命聞く猿がいるっていう極端な図式が、昔のプロダクションなんか、おおまかにいってこの形態があったんでね。それに反発というのがあったから、“ビジネス”とか“セールス”にこだわってるのかもしれないね。
「星空へHappy Game」 「天使 in マガジン」 「Yellow Night」
「星空へHappy Game」っていう曲では、鈴木茂が随分参加してくれたのを覚えてるね。「天使 in マガジン」っていうのは、当時いわゆるビニ本とかポルノグラフィとか出始めで、そういうヤツですね。「Yellow Night」は、川島裕二のアレンジにビックリしたね。デモ・テープの原形がないようなアレンジでね。
「Love is you」
サンフランシスコに行ってたんですよ。家族で行ったのかなぁ。それで家族はホテルでもう寝て、あんまりそういうことってないんだけど、僕だけ窓から星空とか見ながらさ、そんなことで歌ができれば最高なんだけど、でも、相当それに近い状態でこの曲作った覚えがあるね。ホテルの窓から夜景を見ながら。やっぱりサンフランシスコという、特別な夜景がひどく印象的だったんだろうね。
「マリーナ・デル・レイ 〜ナイト・メロディ〜」
松本隆の詞だよね。それで、この曲のレコーディングの時は、歌が一発で録れたのを覚えてるね。そういうこと、あんまりないんだけど。やっぱり誰かに詞とか作ってもらうと、どこかで吹っ切れてるのかもしれない。自分の詞曲で歌っていると、歌いながらもどうにでもなるわけよ。「こんな詞じゃ、嫌だ!」とか、「こんなメロディじゃ、違うな」とか。それが、最後のギリギリのレコーディングで歌ってる時までつきまとうから、何度も歌うことになるんだよね。歌って、どっかに逡巡があるんだね。でも、人に書いて貰ったものは、基本的に変えられない。決まってるから歌手としてリラックスできて、それで歌が一発で録れたんだと思うんだよね。
「安全地帯と」
この年に安全地帯と出会ってるんだよね。コンサートをやるっていうんで、バンド探しになって、「北海道にいいバンドがいる」っていう話で、まあ、北海道の食べ物も楽しみだって調子で見に行って、旭川行ってね、市内から外れたところにある彼らの練習小屋みたいなところで初めて彼らに会ったんですよ。最初は僕より金子章平の方が気に入ったんだと思うけど、最終的に、彼らと次のコンサートやることになったんです。コンサートのリハーサルを最初にやったのが、目黒のスタジオかなんかだったと思うけど、最初は全然駄目なわけでね。今ならほら、マズイのも“ひと味”かなぁ、なんて思っちゃうけど、昔はマズイとマズイって思ってたから、真摯な態度で音楽やってたからね。それで随分、長時間練習したような気がする。安全地帯との付き合いは続いて、彼らがソロ・デビューすることになって、結局「ワインレッドの心」でわりあいうまくいくんだけど、最初玉置浩二の曲につけた詞はひどかったらしいねぇ。これは二、三回書き直したんだ。僕は忘れたけど連中は今でも最初の詞を覚えてて、「えっ、これ歌うんですか!」って思ったって。