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「街の子のハーモニー」
「自分の子供ができたからって、自分の子供のために歌を作ったりするのは困る」って言ったけど、それを少し意識して作ってるのかもしれないね。まあ、自分の子供だからすごく現代ってものを、まさしく今に生まれたんだから現代だけど、それと川島裕二って人間の“現代性”みたいなもの−そのふたつが自分の中でオーバーラップして、そこからこの曲、作ったような気がするけどね。この頃って、ちょうどテクノとか、その時代ですから、そんな音になってますよね。
「誘惑」
「誘惑」って曲とかは、ある種おじさんの角度から女性を見てるのかもしれない。若い時ってのは、上への視線で女性を見てて、女性に対して「憧れ」とか「興味」とか、それで見てたけど、やがてその視線が平行になるわけでしょ。それが「誘惑」って曲では、おじさんの目線になってる。見下ろす視線ていうか。これは僕の曲でいうと、「ワインレッドの心」あたりから始まったことなのかもしれないね。でもこの「誘惑」とか、こうやって改めて歌詞見てると、おニャン子とか、そういう影響もあるかもしれないですよ。“♪また裸足でついてゆくね”とか、“♪まるはだかで消えてゆくね”とかって、フジテレビの深夜番組見てたりとか、そういうあの時代の風潮があったのかもしれない。この曲を作ったのは、ああいうのの出始めの頃だったし。
「カメレオンの恋」
これは三十分でできた。「あなたを理解」なんてのも、相当なげやりにできた曲なんですよ。ヴォーカルも確か、なげやりな感じで歌ったと思うよ。
「この頃、妙だ」
最近よくコンサートで歌ってるんですけど、ノイローゼにかかる人とか、よくいるでしょ?でも僕はね、絶大な自信があった。僕にはそういうこと絶対にないって。でも、ある時にね、“これはちょっとマズいな”って思った。“自分一人でコントロールできない、困ったな”みたいな。そういう時があった。それで、そういうヘンな電話を金子章平にして、「章平チャン、僕、マズイや。ヘンだわ、ちょっと来てよ!」って、電話したことがあったんです。まあ、今は笑いながらこの話してるけど、その時は笑ってないから。そういうことが一度だけあって、この曲はつまり、その感じだよね。
「バレリーナ」
BANANAが見事にアレンジしてくれて、ただアレンジがよかっただけじゃなくて、どうよかったまで言える。最初は僕がギターをジャカジャカ弾きながらね、“ジャカジャカジャカ街から25kmのぉ〜ジャカジャカジャカ”って。それでスタジオ入って、 BANANAが言う通り、ドンカマ、つまりリズム・ボックスに合わせて歌っていった。そうして歌ったものから、ギターの音を取っていったんアカペラみたいにしておいて、それに後からシロタマっていうか全音符っていうか、そんなストリングスを加えて、それでこういう作品に仕上げてくれた。本当に見事だよね。これがすごく曲に合っててね、途中に出てくる、“♪月のムードに.....”とかって部分は、ストリングスの方が雰囲気あるし。これをギターでジャカジャカやったんじゃ、曲に合わないものね。この曲はもしステージでやるとしても、ストリングスが欲しいよね。
「虹のできる訳」
ディズニーっていうかハリウッドっていうか、そういうメジャーで洒落たやつが作りたいって思って、それで作った曲ですね。それでけっこううまくできたと思うね。最初は「フローズン・アイズ」ってタイトルで、適当な英語並べてた曲なんだけど、これはコード進行もメロディも、すごく気に入ってる。この曲は英語のもあるんですよ。「フローズン・アイズ」ってタイトルはそのままで、日本にいる外国の方に詞を書いてもらってる。それを日本語にしたのがここに入ってるんです。でも、デモ・テープの時はね、もっと素敵な曲になるのかなぁ、とも思ってたんだけど、これは作詞の能力の問題なのか日本語自体の問題なのか、ちょっとこの形になると、最初思ってたより扁平かなぁ、とも思うけどね。
「ビーズとパール」
自分の子供の声が入ってるんだけど、僕は基本的に自分の子供の声を自分の作品に入れるなんていうのは嫌だったのが、その誘惑に勝てなかったっていうか、つまりそれに代わるだけのアイデアをレコーディングまでに提出できなかったっていうか、それでしょうがなく自分の子供の声が入ってるのをよく覚えてる。でも、ぜんぜん子供の声が入るような内容の歌じゃなくて、そこがまあ、僕らしいっていえば、僕らしいかなとは思います。あとこの曲の歌詞には、いろいろな女の子の名前が入ってるんですけどね、その中に高校時代付き合ってた女の子の名前がひとつあって、ちろっとそういうスリルも感じつつね、一人だけで楽しんでたりもするんですね。