
「傘がない」
「アルバムのエンディングにふさわしい、何か大きい曲が一つ足りないねぇ」なんてことになって、それで作った記憶があるんですよね。だいたい僕は、アルバム作るとそうなんですけど、「曲数は揃ってるんだけど、何か一つこれっていう曲がないんじゃないか」とかってことになりがちなんですね。グランド・ファンク・レイロードってグループが、当時日本に来てたんですけど、後楽園球場でコンサートやって、当日は随分雨が降ったんだけど、彼らの曲に「Heartbreaker」というのがあって、それが「傘がない」の原形になってるのかもしれないですね。それから詩は取っ掛かりだけはビートルズの「A Day In The Life」の中の“新聞がどうのこうの”とか、ああいうのがヒントになってます。でも「傘がない」っていうもの自体はどこから来たわけでもなくて、僕の頭に浮かんだわけで、今でも不思議ですよね、どうしてこんなのが出て来たのか。

「夢の中へ」
親父が死んで、親父の葬式かなにかで九州へ帰って、葬式が終わってすぐこれを作ったような気がするんですよね。まあ、話ができすぎっていえばできすぎなんですけど、つまり父親って存在がなくなった第一発目の曲が「夢の中へ」で、それが自分にとって初めてのヒット曲になった−そんな言い方もできるんですよ。この曲、栗田ひろみが出演した『放課後』って映画の主題歌になったんですけど、最初は名古屋の放送局の塩瀬さんという人が応援してくれて、名古屋から売れ始めた。「ランキングがこうだよ」なんて見せられて、他の有名なヒット曲に混ざって自分の曲があるのを初めて見て、すごく興奮したのを覚えてます。それがなんとなく日本中になっていって、東京でも深夜放送で自分の曲がかかってくるわけです。イントロの“♪チャ〜ララ チャラッチャァ〜”っていうのは、ギターの高中のフレーズだったと思うけど、アレンジの星くんが書いたフレーズだったのかなぁ? どっちだったんだろう。ちょっと訊いてみたいですね、二人に。
「いつのまにか少女は」
この曲は、最初から映画『放課後』の主演の栗田ひろみを意識して作ったんですよ。でも主題歌は「夢の中へ」になったから、これは“裏主題歌”っていうか.....。

「心もよう」
ベッツィ&クリスっていう女性のデュオが当時いて、この「心もよう」は彼女たちのために書いたんですよ。こっちが歌って欲しくて書いたのか、、「井上君、曲を書かないか?」だったのかは、記憶にないんですけど。最初はそんなつもりで、当時「遠くへ行きたい」とかって旅が流行ってたから、“♪遠くの町のぉ〜 駅に降りてぇ〜 そばを見るとぉ〜 ウウ〜 ウウ〜 線路の脇にぃ〜 草があるぅ〜 草の匂いでぇ〜 旅を知るぅ〜”とか、なんかそんな詞をディレクターに持っていったら、「ぜんぜん駄目!」っていうことになって。「あっらぁ〜」とかって書き直した時には、もうベッツィ&クリスのためじゃなく、自分の次のアルバム用の詞になってた。それはもう、九州にいた頃に付き合っていた女の人のことを歌ったもので、これがもし想像上の作品だったらホントは大したもんなんだけど、まあ、ありきたりなよくある話なんですよね。出だしの“♪さみしさのつれづれに”とかっていうのは、ちょっと当時、古めかしい言い方に憧れてたんですね。「さみしさのつれづれに、なんて、今時、使わないよねぇ」とか半分笑いながらね。そんなニュアンスでずいぶん歌ってたんですよ。
「帰れない二人」
忌野清志郎と一緒に作ったんですけど、彼が遊びに来た時に、「ちょっと短時間で一緒に曲作ろうよ」みたいなことで。それで今聴いて「僕だったらこんなの作れない」っていうのは彼のところなんですね。頭のメロディーとかね。コードの展開とか、すごくおもしろいところ、あるから。

「闇夜の国から」
最初の結婚の直前に作った、ちょっと結婚を意識した曲かもしれないですね。だから多少、いきがかり上、ちょっと前向きで行こうよ、みたいな気がチラッとあるのかもしれない。“闇夜の国から二人で舟を出していく”とかってね。
「いつもと違った春」
これがB面でしたか。へぇー。でもこの曲の歌詞の一番とか、そのつもりで読んでみると、なにかビートたけしが言いそうなことですよね、そのつもりで読んでみると。